こういうSNSを桃源郷的な一種の理想環境とする論ってたまに見るんだけど、これ見る度に昔のDTP黎明期を思い出すんですよ。
Adobeが出したパンフとか読むとDTPが新しいアートを創造する的な今見るとこっぱずかしい限りの文面が並んでいて皆大まじめに論じている。てか本当にその可能性を信じていた。
で、実際に何が起こったかというとDTPが広まった結果、デザイナーのギャラが下がって皆が苦しくなっただけw。そりゃそうだよね。DTPは安く出来ます、でお客の所持ってっちゃったから。この場合のSNSやDTP理想論者はおそらくはあちらで新しいテクノロジーが生まれてその後に必ず広まるいわば文化的な側面のエッセンスを(多分パクって)持ってきてるんだけど、それって一面に過ぎない。悪いいい方をすれば綺麗事に過ぎないわけで、それをきちんと補完するビジネスモデルやらファイナンスが必要なわけです。fbの上場じゃないけど人々が潤う仕組みがないと結局は長続きしないわけです。
で、昨今のソーシャルメディア若人を取り巻く気持ち悪さってのはこれなのかなと。格好良い部分だけパクっていて実体が(氷山の下の見えない部分)無いからなのかなと。いつの世にも理想論はあっただろうけど(それは別に悪いことではない)、きちんと効力を持ったコトって歴史上ほとんど無いと思うよ。ナポレオンだって資本主義の原則にちゃんとのっとっていたし。ファシズムみたいに強制的な手法は別だけど。
(via keisuh)